(16)『告白未遂』【その3】
十月二十三日(土)
昨日、仕事が終わってからその足で福井まで釣りに行ってきました。一宮インターから名神高速を走りましたが、ハンドルを握っていても頭に浮かぶのはあなたのことばかり。
八時半に到着して車のドアを開けると、ふわっと海の香りと波の音に包み込まれます。海の香りの正体は海草の匂いに違いなく、鼻孔からミネラルを補給しながら徹夜で釣りをしました。以前なら、押し寄せる波と星空をながめて何も考えずにただ、ぼうっと時間を過ごしたものですが、あなたに恋してからは違います。
私の行く釣場はどこも空気が澄んでいて、晴れ渡った夜は流れ星をいとまのないほど頻繁に見ることができます。そうですね、誇張でなく本当に、二、三分間も空を見上げていれば視界のどこかで必ず流れて行きます。連続して落ちることもあります。私は、流星を見る度にあなたとのことを祈ります。ですから、『何も考えないからイイ』はずの釣りなのに、あなたのことばかり考えていました。
私がなぜあなたに夢中になったのか考えてみました。いくつかの理由をこれまで書いてきましたが、性格もほとんど知りませんから、それだけではこんなに夢中にはならなかったと思います。また一つ思い出したのですが、いつだったか、あなたが事務所にいて私が廊下で掃除機をかけていた時、入所者の見舞いに来た若い子連れの女性がトイレに入るためあなたに幼い子どもを預けましたね。その時、あなたの胸に抱かれたその女の子が私に手を振りました。私も手を振って応えたのですが、その時に見せたあなたの笑顔がとてもすてきで、いまでもはっきり覚えています。あなたの笑顔は事務所などでも時々見かけますが、あの時の笑顔だけは特別で、一生忘れられるものではありません。もしかしたら、私があなたに恋をしたのは女性ならば誰しもが最低限持っている程度の母性をあなたに見出したためかもしれませんね。
【幾晩も幾週間もすっかりつぶしちまうことがありますからね、言葉一つのために。】(カミュ『ペスト』)
十月二十四日(日)
恋愛小説もいいけれど、この日記をベースに書くなんてことは難しいでしょうね。小説として読むためには普遍性が要求されるし、客観的に観察できないと。
それにしても、よくもまあ懲りもせず日記が続くものです。我ながらほとほと感心しています。小説の『資料』としてだけならこれほど真剣になれないでしょうし、ラブレターとしての役割のみでも、これほど根気よく書けないでしょう。両方があるから続いているに違いありません。
そろそろ長編に取り掛からねばなりません。恋愛小説も一生の間に一つは残したいと考えていますが、このままでは客観的に見ることができるのはずっと先のことになりそうです。もしあなたが他の職場でしたらこの日記をお渡しし、自分の心に一つの区切りをつけることができるのですが、毎日顔を合わせるのでは気まずくなってしまいますからそれもできません。
ということは、その間この日記を書き続けるということで、長編に取り組めないということになります。それではマズイ。なんとかせねばなりません。もう少し時間が経てばせっせとこの日記を書かねば気が済まないという情況から抜け出せるかもしれませんし、あなたに読んでもらいたいという気持ちがきれいさっぱり失くなるかもしれませんが。
他に方法はないものでしょうか。もう少し考えてみます。
ですから、あなたが私の手紙を深く考え過ぎなければ、また他の展開になっていたのです。私が小説を読んで欲しいとお願いして断られたのはあなたが最初の人です。読む読まないは別として、普通は「ありがとう」と言って受け取るものなんです。鋭敏な私の感性が、あなたの心に隙(可能性)があることを感じ取ってしまった。たとえ百万分の一でも可能性が残されていればあきらめ切れるものではない、というのが真剣に恋をする者の常識です。
【あなたは、フリーダに逃げられたために、彼女に惚れてしまったのね。逃げた女に惚れこむのは、むずかしいことではありませんわ。】(カフカ『城』)
十月二十五日(月)
きょうは、残飯を捨てに来られた際にお目にかかりました。その時、あなたに同行して来た入所者と目が合いましたので私は声をかけました。するとあなたも少し微笑なさいましたが、私の方を見ず、明らかに固い微笑でした。
なんか、ぎこちないですね、話が逆じゃありませんか。断られたのは私の方なのですから、あなたは堂々としていればいいのに。
電話でおっしゃいましたね、挨拶もできなくなるのはイヤだから、と。今更ながらに、そう語った時のあなたの優しい心の内を垣間見た気がします。どうでしょう、あなたがこのような態度をとられるのは、実質的に私の方が『優位』に立っているためということもあるでしょうから、いっそのことこの日記をあなたにお見せするという荒療治は。そうすればきっとあなたは私より優位に立つことができるでしょうから、女王が下僕に接する時のような、余裕の笑みを浮かべて私に対処することができるのでは?
仮に、近いうちにこの日記をあなたにお見せするとします。するとどうなるのでしょう。今以上にあなたの態度はぎこちなくなるのでしょうか。「エエ年こいて馬鹿な男だ、到底ついて行けん!」と一蹴することは、あなたにはできないのでしょうか? もともと『奇跡』を期待する方が間抜けなのであって、誰がどう見たってふられて当然の事なのに。
と提案したところで、きっとあなたは今以上にぎこちない態度で私に接するような気もします。まったく、話が逆なんですよ。
いずれにせよ、もう少し様子をみることにしますが、私はせっかちで、結論を急ぎたがる悪癖がありますから、いつまで辛抱できるか自信がありません。
【男が何かを言ったのなら、その真実は、その言葉の意味内容に求めればいい。けれども、女の人が何かを言った時は、その真実は意味内容にではなく、その言葉が言われた時の口調の中に探さなければいけないのだよ。】(柴田翔『贈る言葉』)
十月二十六日(火)
心が揺れています。毎日猫の目のようにくるくる変化しています。きっと第三者がこの日記を読めば矛盾だらけなのでしょうね。でもそれが、恋というものの本質でしょう?
恋について少し考えてみました。自分の中で『おもい』がつのり募って爆発寸前になり、それを相手に伝えずにいられなくなって、あげくにする行為が『告白』ではないでしょうか。つまり、そのことによって相手がどう答えようと、その時点では問題ではないのです。苦しさに耐え切れなくなった自分自身のために告白するのであって、受け入れてもらえるかどうかは二の次なんです。それなのに私は、その苦痛から逃がれるためにこの日記を書いている。日記がカタルシスになっているのです。でも、十代、二十代の若者でもないし、立場上からも、許されるべきことですよね?
【だが一人の馬鹿が好きなだけ質問したら、賢者が百人かかっても答えきれないというではないか。】(ソルジェニーツィン『ガン病棟』)
十月二十七日(水)
帰宅途中で書店に立ち寄って、オール讀物新人賞の応募締切が十一月末ということを確かめました。時間的には間に合います。枚数も八十枚以内ということなので手頃です。ひとつ、この日記に少し味付けをして投稿してみようかと思います。はたしてどんなものか、土曜日に中村図書館にでも行って検討してみるつもりです。
御心配なく、仮に投稿しても受賞して誌上に発表される可能性はまずありません。ではなぜ書くのかといえば『残したい』からです。日記(ラブレター)はどこまでいっても日記(ラブレター)で終わりますが、『作品』にすればそれは財産になりますから。それと、ひょっとしたら、あなたにその『作品』を読んでもらいたいがため、そのために書こうとしているのかもしれません。
ほんとうは恋愛小説を書くことはあまり気乗りしないんです。いくら作家の仕事が自分の心の一部を切り売りする厚顔無恥な商売といっても恋愛などは大切にしたいですから、一生に一つも書けばたくさんかと思います。
いま想い描いている構想は、全編を日記形式にするものですが、ほとんど手を加えない方が真実味があっていい、と企らんでいます。完成したら、それをあなたに送ります。
今から早速その準備にかかります。この日記も、書かない日が増えるかもしれないし、書いても数行という日が続くかもしれません。土曜日にじっくり検討してみます。
【またどれが本当にかれらの意見であるかを知るためには、かれらの言うところよりはむしろその行うところに注意しなければならぬようにも思われた。】(デカルト『方法序説』)
十月二十八日(木曜)
まいりました。あなたはなぜ、以前のようにやさしく笑みを浮かべて私に接してくれないのですか?
でもこの事はむしろ、私にとって喜ばしいことかもしれません。あなたが私の存在を認めてくれていることになるからです。私がにらんだ通り、あなたは私の小説の価値を理解してくれる方でした。あなたのぎこちない態度はそのことの証明ととらえていいと思います。だからこそ私はあなたに読んでもらいたい気持ちになったのでしょう。
【もうおしまいだ。これまで百遍もそう言ったんだもの。いやがる人をむりに幸福にはできない。】(サルトル『水いらず』)
十月二十九日(金)
きょう、秋祭りも無事に終わりましたが、仕事らしい仕事は何もしていないのに本当に疲れました。ここのところの睡眠不足と不慣れな仕事ということがあったかもしれませんが、何より、あなたを強烈に意識して参加していたことが、その一番の理由でしょう。 なんてことはない、連夜強がりを書いているくせに、あなたのいない場所ではのびのびと『給食のお兄さん』をしていられるのに、あなたが近くにいるとどうしてもそれができなかった。
明日は雨のようです。魚釣りでなく図書館に行くのが正解のようです。赤鉛筆を手にしてこの日記を検討してみますが、中村図書館ではなく一宮図書館に行けば、ひょっとしたら何かのまちがいであなたが現れるかもしれない、などと期待してしまう気持ちがあるうちは、まずダメでしょうね。
【これがこの裁判の実相なのだ。すべて事実だが、また何一つとして事実でないのだ。】(カミュ『異邦人』)
十月三十一日(日)
昨日は朝の十時過ぎから五時過ぎまで中村図書館にいました。午後二時頃に三十分間ほど抜け出して昼食をとっただけで、他はどっぷり没頭していました。自分でも驚くほどの集中力で、これも恋愛パワーと創作パワーが合体して奇跡的な力が発揮されたものと思います。ですが、残念ながら『作品』ではあっても『小説』とはいえないものになりそうです。枚数が八十枚以内と限定されていますから、おそらく今日の分まで入れるのが限界でしょう。(日記は今後も書き続けるつもりですが。)
日付ごとに作者の箴言などを記したのは、若い頃に読んだ本で気に入った箇所を抜き出したノートが作ってありますので、千載一遇の好機ですからそれらに日の目を見させてあげようと思いついたからです。客観性を装うことにもなりますし。
作業を進めていくうちに、あなたの今後の態度次第ではこの日記をあなたに渡さなくともいい、という心境になってきました。つまり、現在の私はすっかり悲観的になっているということです。さて、どうなりますことやら……。
【大それたやつめ、偉そうに進んで行くがよい! 愚かなことにせよ、賢いことにせよ、昔の人がすでに考えなかったようなことを、だれが考えることができよう。】(ゲーテ『ファウスト』)
十一月二日(火)
つい先程、日記の本文をごっそり削り終えましたから、おそらく規定の八十枚以内に収まっているはずです。ですが、あなたにはノーカットの日記を読んでもらいたいですね。今から振り返れば赤面ものですが、そこにはあなたに理想を求め、その幻影に向かって一途に恋をしている私があふれ出ていますから。(同じたわごとを何度も繰り返していてあまりに見苦しいので、その重複した箇所を削除したらすっきりしました。)
しかし、果たしてあなたに渡すことになるかどうか、今の私には皆目見当もつきません。すぐに渡したくなるかもしれないし、何年後かに渡すかもしれないし、渡さずに済むかもしれない。
きょうも職場で何度か姿をお見掛けしましたが、相変わらず私と視線が合うことを避けていらっしゃるようですね。私にはどう解釈していいか判りません。二度と顔は見たくない、という意思表示ともとれますし、私が何か言ってくることを待ち望んでいる、と勘ぐれないでもありません。もう少し時間が経てば、どちらが正解なのか判明するのでしょうか。
いずれにしても、しばらくは原稿の整理に追われて気が紛れるからいいのですが、完成して文藝春秋に送ってホッとした後が、どうなりますことやら。
【あの男は鉄敷(かなしき)になるまいと思って鉄鎚(かなづち)になった、しかも恐ろしい鉄鎚にね。】(スタンダール『赤と黒』)
十一月六日(土)
少し情況が変わってきました。私の心に変化が現れています。
昨夜、以前の職場の入所同期会へ行って来ました。私はこれまでこういった飲み会とかは苦手で敬遠してきたのですが、昨日なんかほんとにリラックスできて、こんなのだったら何度行ってもいい、という心境になりました。
昨日の場合は、私が妻を亡くしたことを知ったEという女性が気を遣ってくれ、山中さん山中さんと言って隣に座ってくれましたので、寂しさを感じることもなかったのかと思います。そこで考えたのですが、私のあなたに対する恋も、元々はそのことが起因しているのではないか。つまり、私の心の中にあなたがスパッと入ることができたのは、私が『愛情』に飢えているため、淋しさを紛らわしたいがために、あなたを求めたのではないか、と。要するに、私に手を差し延べてくれる人なら誰でも良かったのではないか、あなたの場合は私の錯覚だったかもしれませんが、Eは酔った勢いで「好きよ」とはっきり口にしてくれましたから。
それともう一つ、やはり私の心の中には『小説』というものが大きな存在としてデンと居座っていますから、『作品』を仕上げたことによって一種の充足感が生じ、ホッとして肩から力が抜けた。そのために、私にとってのあなたの存在が急速に小さくなりつつあるのかもしれません。現に今、そもそも最初からこの『作品』を仕上げるために恋をしていたのかもしれない、と自分を疑う気持ちがあるくらいですから。
Eとのこともありますから、この日記は、たぶん今までのように毎日せっせっと書き綴りたくなるような事はなくなるでしょう。『告白』をあなたに渡すようなことにでもなればまた状況が変わりますが、今のところ、渡さない方が賢明と考えています。
【男が女を愛す場合、その理由を彼女の容姿、性格、知性、そぶり、母性、笑顔などに求める必要はまったくない。男は、『その女は自分に気がある』という思い込みが一つあるだけで十分なのである。】(山中幸盛『告白』)
十一月九日(火)
どんどんあなたへの恋が薄れていく、と信じていたのに、再びそうでもないような気がしてきました。一度好きになった女性は、簡単にはあきらめ切れないのでしょうね。
と同時に、あなたに恋を打ち明けることに私が積極的になれないのは、絶対に亡き妻と子供達を裏切れない、と考えているからに外ならない、と気づきました。もしかしたらあなたは、そのような私を好きになることが『恐ろしい』のでしょうか。当然ながら、あなたは普通のごく平凡な結婚を夢見ていらっしゃるでしょうから、無理もないことです。
それにしても、あなたの不自然な態度がどうしても理解できないのです。今朝も、私が信号待ちしているところにバスから降りてきたあなたと偶然目が合いましたよね。その時あなたはわざと気づかないふりをしたように私には思えました。なぜ、ニッコリ微笑んでくれないのですか? 昨日までは『告白』をお渡しすることは止そうと考えていたのに、今日はまた気持がぐらついています。私には、あなたがそのことを待ち望んでいるように思えてならないのです。あなたの責任ですよ。
【きっすいのドイツ人はフランス人を好きになれないが、フランスの酒は喜んで飲む。】(ゲーテ『ファウスト』)
十一月十四日(日)
やっと、応募原稿がほぼ完成しました。少し迷いましたが、箴言は結局入れることにしました。一つくらいこんな作品があっても面白いと考えたからです。
現在の心境としましては(コロコロ変わります)、応募原稿のコピーと十月三十一日までの日記をセットにして茶封筒に入れ、いつでもあなたに渡せるように職場のロッカーの中に用意するつもりです。しかし、渡すかどうかは自分でもさっぱり予測できません。
ただ、チャンスがあればあなたに、「まだ、小説を読んでくれる気にならない?」と、声をかけるつもりですから、その時のあなたの返答次第で判断することになると思います。
ジレンマに陥っています。あなたが好きなのに、好きだからこそ積極的になれない、というジレンマです。私に子どもがいなければ全力であなたにぶつかるのに、そして必ずあなたを私のものにする自信があるというのに、だからこそそれができない、初婚のあなたを『不幸』にしてしまうからです。(娘とあなたは水と油のような気がしてなりません。)
しかし、もしこのような私と子どもたちをあなたがすべて包み込んでくれるなら……、というような、根拠のない期待や願望は抱かない方が賢明です。ひょっとしたらあなたは、私にとって拍子抜けする程つまらない、ありきたりの女性かもしれないのですから。
【嘘をつくにも三種類の嘘があります。ついてもいい嘘、ついてはならない嘘、つかねばならない嘘、の三通りです。】(山中幸盛『告白』)
十一月十五日(月)
きょう裏庭で煙草を吸っていて、ふと、思い当たったのですが、あなたの今の態度は、私が想像しているような『高尚』な理由から来ているのでは決してなくて、ただ、あなたは、私に馬鹿にされたくなくて、「その辺のくだらない女と一緒にしないで!」と傲慢に、これ以上私を近づけさせまいとして、迷惑がって、あのような態度を見せているのではないか。要するに、あなたはそんな程度にしか私のことを捉えられていないのではないか、と。
英雄は英雄を知る、という傲慢極まりない観点がありますが、実はあなたは私の偉大さ(可能性)を見抜くだけの器量を持ちあわせていないのではないか、と。今までの私は恋に目が眩んでいるが故にあなたを過大評価し、かいかぶり過ぎていたのではないか、と。
とすれば、とんだお笑い草です。『告白』を渡すことがあったとしても、『資料』や『銀河の片隅で』を贈呈する必要は全くないでしょう。渡せば後悔することになります。私が求めているのは、そのような、つまらないあなたではないからです。
この年になりますと、くだらないかけひき(不自然な態度を示す等)はげっそりします。そんな低いレベルであなたと戦いたくない。そんな位ならまだ、人間として軽薄でも率直なEと『危険な関係』になってしまうことの方を選びますよ。
さて、どちらのあなたが本当のあなたなのか。顔を合わせてもいまだに私の目を見ることができないあなたを見ていると、くだらないあなたの方が、真実のあなたではないかと、いやでも疑いたくなります。もしそうだとすれば、『告白』を渡すべきかどうかということも、慎重に検討せねばなりません。私の真意をくみ取ることができず、ますます敵意をむき出しにして挑まれてくるかもしれないからです。そんなことはもう、こちらから願い下げです。疲れるだけですから。
【あいつらは、ああやって負け犬になって行く。あいつらは、何かを軽蔑するためには、まずそれを手に入れなければならないという人生の法則を知らない。】(柴田翔『贈る言葉』)
十一月二十日(土)
きょうは三重県の鳥羽市まで釣りに行ってきました。あいにくずっと雨。そのため空を見上げることもありませんでしたが、果して、晴天下で流星を見たとしても、いつかのようにあなたとの事を真剣に祈ったかどうかといいますと、疑問に思います。おかげで、すっかり冷めてきているようです。(雨合羽を着ての夜釣りは、それはもう惨めな気分になります。)
振り返りますと、私のあの時の『錯覚』は、本当に『錯覚』だったのか。もしかしたらあなた御自身も気づかれていないことなのかもしれませんが、しかし私は、決して錯覚なんかではなかったと信じています。その正体はおそらく『女の恐ろしさ』と『男の愚かさ』が見事に融合し結晶したもののような気がします。
魚釣りにも色々ありますが、私は堤防から四、五本の竿を出してボーっと魚信を待つ『待ち』の釣りが一番好きです。定価三万四千円で買った新型モデルのクロダイ専用竿も持っていますが、これを使う『攻撃的』な釣りはどうも私の性に合っていないようです。釣れなければ釣れないでいい、ごくまれにではありますが、今日のように三十一センチのカレイが釣れることもありますから、恋人を『釣る』場合も、それで行こうと開き直りました。釣れる確率はずっと低くなりますが、私に釣られる魚も実際にいるのですから。
でも、あなたは今でも逃がしたくはない『魚』には違いありませんので釣れてくれればそれほど嬉しいことはありませんが、ただし、忙しく堤防を歩き回ったり、餌を色々取り変えて工夫したり、といったような積極的な釣りはたぶんもうしません。釣れなければ釣れないで仕方ない、といった『待ち』の心境です。竿は何本も出しますから、たとえ狙っていた魚が釣れなくても他の魚が釣れれば満足してさっさと帰ってしまうかもしれません。ハゼやヒラメやカワハギのように、愉快な顔付きの魚ほど食べてみるとおいしいものなんです。夏場のグレのように、『引き』だけを楽しんで持ち帰らずに捨ててしまう魚もありますしね。
【彼はその虎を飼い馴らし非常にかわいがった。だがいつも卓上には装填したピストルを置いていたという。】(スタンダール『赤と黒』)
十一月二十四日(水)
あなたを忘れようと努力した甲斐あって、ずいぶん冷めてしまいました。その証拠に職場であなたの姿を見かけなくても少しも淋しくはありませんし、今あなたに『告白』や『資料』を渡せば後になって必ず後悔するような気がしています。もしかしたら、私が冷めた分あなたも冷静になって、私の小説を素直に受け取らなかった事を悔やんでいるかもしれませんね。
でも、たぶん、『作品』を誰かに読んでもらいたい、という作家の端くれとしての欲求から、いつの日かあなたにお渡しするような気もします。他の友人に読ませるには、あまりに気恥ずかしいですから。
いま、次にどんな小説を書くべきか、色々悩んでいます。そして思ったのですが、背伸びをしないで現在の私にしか書けないものを書けばいいんだ、と、考えがまとまりかけています。具体的には『銀河の片隅で』の続編に挑んでみることになりそうですが、スケールが大き過ぎるために主人公のどの時代を背景にすべきかなかなか絞り切れませんし、テーマも何にすべきか迷っています。ただ、いずれにせよ膨大な資料を読破せねばならないことは目に見えていますので、なかなか手が出せず時間だけが過ぎて行きそうです。いつものことですが、書き出すまでが大変なのです、生みの苦しみ、と申しますか。
私は『手で考える』タイプですので書き始めればしめたもの、『釣り』も『恋』もどこかに吹き飛んでしまうことでしょう。そういう時の私は怖いもの知らず、近寄りがたい雰囲気になりますので御注意下さい。(早くそうなりたい)
【だから今後あんたに必要なことは、後悔して萎縮することではなくて、反省して働くことです。】(五味川純平『歴史の実験』)
十二月九日(木)
最近のあなたは以前のあなたに戻りつつありますね。今なら、正面きって私と顔を合わせても微笑することができるかもしれませんね。
でもこのことは(長大な時の流れの中での『最近』を瞬間的に限定して言えば)、あなたの『計算』では私があなたにもう一度接触してくるはずが一向に何も言って来ないものだから、その傷つけられたプライドが作用して、さあもう一度私にひざまづきなさい、と促すこと(『女の恐ろしさ』)を意味しているのではありませんか? しかし私はもう、その手には乗りませんよ。
【人間ってこんなもんですよ、二つの面がある。自分を愛さずには、人を愛せない。】(カミュ『転落』)
十二月二十八日(火)
久し振りにパソコンに向かいましたので、(ついでに)何か書こうと思います。
昨日は忘年会でカラオケにもご一緒しましたし、先ほどあっさりとお電話を差し上げた後だというのに以前のようには頭がなかなか働こうとしません。このような自分に満足しています。どうやら、すっかり冷めてくれたようです。(電話では、小説を書くことを職場の記念文集で公表することにしたので、自著を差し上げた事を内密にしておいてくれと頼みました。そして努めて明るい声で「まだ『銀河の片隅で』を読んでくれる気にならない? 断られたのはあなたが最初なんだけど」と詰問してみたところ、「私はそういうこと下手なんです……」と弁解し困惑なさっていました。)
ほんと、もう言いたいことは書き尽くしたみたいです。ただ、『告白』をあなたにお見せするかどうかという件は先程の電話で決定的になりました。どうみても渡さない方が無難、と考えているということは、あれはまったくの『ラブレター』にすぎなかった、ということになりますね。可能性が皆無と認識したが故に、ということでしょう。ただ、まず九九・九九%ありえませんが、万が一『告白』が新人賞を受賞した場合にのみ、成り行き上、あなたに読んでいただかねばならなくなると思いますよ。(0・01%の願望だけであれこれ考えることほど愚かなこともありませんので止します)
あの作品は、きっと何十年か後まで誰の目にも触れることなく眠ることになるでしょうが、『貯蓄財産』が一つ増えたのですからむしろ喜ぶべきでしょう。(欲を言えば、予選くらいは通過しておいてくれると有り難いのですが)
冷めた原因を今あらためて考え直してみるのもいいのですが、この日記に繰り返し書いたような気がしますし、何より面倒なのでやめときます。
まったく、恋は病気の一種なんでしょうね。「フロイトがいったとおり」ということに尽きるでしょう。いま、人間であること、『男』であることに嫌気がさしています。あれほど恋することに夢中だった私は、いったいどこに消え去ってしまったのでしょうか。
恋愛小説はもう二度と書かないでしょう。箴言を入れたことによって、私にとっての恋愛小説は完結しました。今後あれ以上のものは私には書けないでしょうし、書く気も起きないでしょう(仮に新しい恋が芽生えたとしてもです!)。誰かに「恋愛小説は書かないの?」と聞かれたら、「一つだけそれらしき小説があることはあるよ」と照れながら答えることにします。だけど読んでもらうかどうかは、その誰かの職種とか住所などを考慮して判断します。一読して私の恋した相手があなただとバレてしまうと、あなたに申し訳ないですから。
その聞いてくれる誰かがもしあなただったらどんなに嬉しいかしれないのに。(冷めてそしてあきらめた、ということは事実ですが、同時にその事が微かな希望すらも失ってしまったという事にならないことも、紛れもない真実です。この症状のことを一般的には『未練』と申すようです)
ですから、あなたに渡すために準備していたロッカーの中の『告白』のコピーと『資料』は近々回収するつもりです。そして、不本意ではありますが、あなたの前では「売れない小説を書く変わった中年のオジサン」であるように努力するつもりです。
【盲人を助けて歩道を渡ると、別れしなにあいさつをしていたんです。帽子をひょいと持ちあげるこの動作は明らかに盲人が相手じゃない、見えっこないんだから。じゃ誰が相手か? 公衆ですよ。】(カミュ『転落』)
十二月三十一日(金)
今年最後の日のきょう、この日記も今日を最後にするつもりでパソコンに向かいました。
先程、あなたが私の小説を受け取らなかった理由について考えていて、ハッと思い当たることがありましたのでそれを書くことにします。それは、そうする事によって私のプライドをどれほど傷つけるか、と配慮する心をあなたから奪い取った怪物の正体は、『そうすればつけ上がってますます自分に接近して来る』との自己保身の方を優先させたあなたの臆病な自尊心ではないか、ということです。
もしそうであるならば、私にとって残念至極ではありますが、あなたが私に恋をしていなかったことの証明になると思います。なぜならば、『恋』は瞬間的にせよおのれの自尊心など木っ端みじんに吹き飛ばしてしまうものでしょうから、もしあなたが私に恋をしていたらそのような冷酷な仕打ちは絶対にできないはずだからです。
あるいは、仮にあなたが私を好きだったにもかかわらず受け取ることを拒否したのだとすれば、あなたと私はまったく別の人種ということであり、このことは、性格の相違とかイデオロギーの違いとか以上に人間にとっては重要な問題のような気がします。自尊心を捨て去る事が出来る人間と捨て切れぬ人間との違い、とでも申しましょうか。たぶんあなたは、どこまで行っても(刹那的にでも)相手の男を自分以上には愛せないタイプの人間、なのです。つまり恋をすることが一生できない人間ということです。
しかし悲嘆することはありません。いつの日にか、そのようなあなたすら無我夢中にさせてしまうほど超ステキな男性に巡り会えるかもしれないからです。が、僻み根性かもしれませんが、おそらくあなたの前には一生そんな男は現れないと思いますよ。このことは相手の問題ではなくあなた御自身の問題だからです。あなたは私に交際している男がいると教えて下さいましたが、もしその話が本当だとしても、私にはあなたがその男を真実心から愛しているとは到底思えないのですよ。要らぬお節介でしょうが、彼とセックスするときのあなたは、歓喜の声をあげるどころか魚市場の床に横たわってセリを待つ冷凍マグロのごときでありましょう。(『恨みつらみ』は真剣だった事の証明、とあきらめて下さい)
ともあれ、私が失いかけていた創作意欲と気力を取り戻してくれたあなたに深い感謝の意を捧げます。ありがとう。
【さぁ、恋に苦悩する皆さん、本をどんどん読んで、そして、その思いの丈を日記に書きなぐりましょう!】(山中幸盛『告白未遂』)
【しかし、症状は症状の意味を知るとともに消滅する、という私どもの命題は、やはりどこまでも正しいのです。】(フロイト『精神分析学入門』第十八講)
【(男性の)英雄的な行為やさまざまな成功は、すべて女性の讃嘆と好感とを求めるためなのです。】(同、第五講)
【私どもが愛ということばを使うのは、性的な欲求の心的側面を前景に出し、その根底にある身体的または「官能的」な欲動の要求を抑制したり、あるいはほんのわずかのあいだ忘れようとしたりするときなのです。】(同、第二十一講)
(完)
*『三田文学 110号』の「新 同人雑誌評」で取り上げられました。
勝又 次の山中幸盛「告白未遂」(「北斗」)は要約するのが難しいですね。全体はある老人施設につとめる中年の男の日記です。職場の女性を好きになって、それがこの日記を書く動機になっている。しかし彼は小説をずっと書いていて、日記は小説のために一種の素材を仕込むようなものだという、ひねくれた理由もある。自意識が一回転多くなっている。一種の見栄でしょうね。日々の日記の終わりには必ず古今東西の小説や思想書から引用した名句や箴言を付け加えている。それは日記の内容と重なったり重ならなかったりだが、仕掛けとしては面白い。話の展開としては彼の古い小説を彼女にみせるんだけれど、はかばかしい反応もなく逆に避けられてしまう。本当は日記を見せようと思っていたのが、そこまではできなかったらしい。
伊藤 自己との対話というものは、どこまでもエスカレートしうる。勝手に相手のことを思い描いて、相手の気持ちのことは忘れてしまっている。自分が相手の女性だったら、この日記をみせられたら気持ち悪くてしょうがないでしょうね。
勝又 それが作品の狙いのうちなんでしょう。
伊藤 思い込みが自分の内でどんどん強くなる。
勝又 武者小路実篤の「お目出たき人」を思い出します。この日記はよく言えば二一世紀的に複雑でひねくれていて、「お前が彼女のどこを愛したのかといえば、彼女がお前を好きになったとお前に思わせた部分、に恋をしたのだ」というような自意識のありようを見せようとしている。
伊藤 ただの思い込みだけではなく、それを外からみる自身もいる。
勝又 ただ、狙いはわかるけれど、日記の内容自体は凡庸で、怖いところも面白いところもなく終わってしまった。
(勝又氏が引用された上記の赤字部分は、この電撃大賞の応募原稿では削除して、代わりに11月6日の末尾に山中幸盛の言葉としてまとめました。)
*中日新聞 平成24年3月14日付 『中部の文芸』 清水 信
「北斗」三月号(名古屋市)の巻頭には、山中幸盛の「告白未遂」がある。日記体のラブ・ストーリーであるが、各日付けの後尾にゲーテ、カミュ、ソルジェニーツィン、デカルトなどのアフォリズムが付記してあるのがユニーク。

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