第百十話 初めての魚釣り

「北斗」第662号(令和元年11月号)に掲載 

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 七月中旬に、山中幸盛の息子からラインで動画が送られてきた。浴室でスッポンポンの孫の桃太郎がオモチャのリールとサオでオモチャの魚を釣り上げている動画だ。最近の玩具は本当によくできていると感心する。
『桃太郎が魚釣りに行きたがっているので、どこかにつれて行ってください。海がいいらしいです』
 といった文章が添えられていて、ついにその日がきたのかと思わず幸盛の頬がゆるむ。孫と魚釣りに行くことが、ささやかな夢の一つだからだ。
 釣行する日は息子の仕事の都合で七月下旬の月曜日。猛暑日が続いているが、ネットで潮見表を調べてみると長潮・若潮の後の中潮だから潮はまずまずだ。何よりも、孫にとって初めての魚釣りだから確実に釣れる魚を狙いたい。そこで、名古屋港でのハゼ釣りに決めた。
 時期尚早だし大海原は眺望できないが、名古屋港ならばわが家から三十分ほどで行ける。仮に名古屋高速・知多半島有料道路を一時間以上走って半島先端の風光明媚な堤防に行ってサビキで小アジを狙ったり、投げてカレイやコチを狙うとしても、経験上、全く釣れる気がしないからだ。
 さっそく下見に行くが、第一候補は数釣りの実績がある飛島インターチェンジ付近のA地点だ。ここは車を横付けできるが、潮が干いている時に階段を降りて行き、ゴツゴツした大きな岩の上に立って渓流竿を使っての脈釣りが基本なので、五歳の孫にはまだ無理かもしれない。しかし、タモを持参すればカニが捕まえられる利点もある。
 第二候補は有名な藤前干潟の対岸辺りに位置するB地点。車を駐めた場所から五分ほど歩かねばならないが、この付近で二年前にウナギを二本釣り、去年はセイゴを三十匹ほど釣った実績のある穴場ポイントだ。ここでのハゼ釣りは一度もしたことはないが、ハゼなんぞどこにでもいるはずで、足元が平坦なコンクリートなのでA地点よりずっと安全だ。
 息子は釣り道具を何一つ持たないので、事前にあれこれ思いを巡らしながら物置から引っ張り出す。長短のリール竿と渓流竿、リール、クーラーボックス、折りたたみイス、オモリに釣り針、カニを入れるためのポリバケツ、乾電池式蚊取り線香など、あれこれ準備するのも楽しいものだ。
 氷は、二リットルと五百㏄のペットボトルに水道水を入れて、老人介護施設に入ったためほぼ空になった母の冷蔵庫でしこたま製造する。全てが四人分だから結構な荷物になるので別々の車で行くことにして、幸盛が途中でエサを買って目的地近くのコンビニの駐車場で落ち合うことにする。
 エサ屋のオバサンに石ゴカイを一杯注文して話しかける。
「五歳の孫と初めてハゼ釣りに行くんですよ。この暑さじゃこっちがもたないから、一杯にしときます」
「ハゼはぼちぼち釣れ出したみたいですよ。子どもは倒れるまで元気だから、熱中症に気をつけて」
 
 A地点に到着し、車から降り立った息子が手の指を折りながらしみじみと語る。
「懐かしいなあ、オレが最後に釣りしたのがこの場所だったから、たぶん釣りは二十五年ぶりぐらいだわ」
「桃太郎より楽しみにしていたくらいなんですよ」
 と嫁は、やる気満々の夫の様子に呆れ顔だ。
 幸盛は炎天下の中で黙々と釣りの仕掛けを作る。最初の渓流竿を手にした息子は桃太郎そっちのけで階段を下りて行き、一投目でメダカよりやや大きいハゼを釣り上げた。準備している間に次々に釣り上げるハゼを見ながら、幸盛もその小ささに笑うしかない。
「やっぱりまだ少し時期が早かったな」
 しかしすぐに、桃太郎にとってこの場所は厳しいと判断し、準備しかけた釣り道具を再度適当に荷台に積み込み、着いてから三十分もしないうちにB地点に向かう。
 B地点に釣り道具一式を運び終わったのは午前十一時頃だったが、この日も猛暑日で、堤防下のコンクリートは熱をはらみ、放射熱がしゃがんで四人分の仕掛けを用意する幸盛の体を容赦なく温泉卵状態にしていく。
「ここって、海?」
 と桃太郎が苦言を呈するが、まあ待て、君がもう少し大きくなったら太平洋の荒浪が打ち寄せる海辺に何度でもつれて行ってあげるから。
 仕掛けを作る間に、息子とその嫁は、小ハゼこそ釣れなかったもののセイゴの赤ちゃんをポツポツと釣り上げている。そして桃太郎が渓流竿を満月のごとく曲げながら叫んだ。
「カメだぁーッ!」
 なんと、庄内川・新川・日光川が合流する汽水域なので、どこからか迷い込んだ大きなミシシッピアカミミガメが石ゴカイに食らいついてしまったのだ。
 三人分の仕掛けを作るのが幸盛の体力の限界だった。気分が悪くなってきたのでヤバイと察し、車に戻ってエアコンの冷風を浴びようと歩き出すと桃太郎もついて来た。
 その後、幸盛は猛暑で釣りどころではなくなり、もう一度エアコンの風を受けに行ったが、二度目も桃太郎がついて来たので、結果的に、五歳の桃太郎にとっても熱中症でぶっ倒れずに済み、良い思い出になってくれることだろう。







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第百十話ゴロタ石.jpg ゴロタ石(イメージ) 








第百十話庄内川河口.jpg 庄内川河口 







第百十話庄内川河口2.jpg.png 庄内川河口 







第百十話セイゴ.png セイゴ 







第百十話カメ.png カメ 







第百十話猛暑日.png  







第百十話猛暑でぐったり.jpg  








第百十話エアコンの風.jpg 








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